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アメリカに裏切られ死にかけたラオス人→結果なぜか高田馬場でレストランを

アメリカに裏切られ死にかけたラオス人→結果なぜか高田馬場でレストランを

みんなの反応

スティップさんのおばあさんがその昔、敗戦して逃げてきた日本兵を2年もかくまったという話もすごい。
「食べ物をあげて小屋に隠して。周りにわからないように名前も隠して、ラオス名をつけて。そのあとタイから日本に帰したと言ってた。おばあさんはすごく優しい人」
このときから何かが始まってる

@miyukiest @12koku キリングフィールド のラオス版ですね。映画の方ではアメリカのジャーナリスト達は通訳の主人公を見捨てなかったのですが、ラオスのCIAは何も言わず去ったのですね。ラオス料理を食べに行きます。

@miyukiest シャン民族料理店「ノングインレイ」スティップさんのインタビューを読んで、クリント・イーストウッドの映画『グラン・トリノ』を観ると、20世紀後半のアジアとアメリカの関係を理解するのに役に立つ気がします。
cinemore.jp/jp/erudition/1…

@miyukiest このオジさん、優秀すぎて真似できないですね。普通の人だったらタイの難民キャンプあたりか、日本に来たあたりでホームレスになってますよ。とはいえ面白い記事でした。

@miyukiest 私もシャン族(タイではタイヤイ族と呼ぶことが多いです)の親友がいます
彼はサイセンさんより遥かに若い世代ですしラオスではなくミャンマーのシャン州出身なので背景歴史は違いますが、飲んだときにポツリポツリ話してくれる命からがらタイに逃げ込んできた彼の話と重ね合わせて泣けました

@miyukiest 『密告者とその家族』という、イスラエルのスパイだった男が職を解かれ、身分の保障もないままパレスチナで貧しく生きた映画を思い出す。かけがえのない人生を、組織が壊してゆくのはなぜ? 人が生きるためにたまたま組織があったのに。生きることは、食べること。個人だよ。

@miyukiest すごく壮絶で読み入ってしまいました。書いていただきありがとうございます。

@miyukiest 日本人も難民の経験がある。太平洋戦争で国土を広げ、そこに移住していった民間人が、戦争に負け日本に帰ろうとして難民となった。僕の父と姉妹弟は、難民となり満洲から引き揚げてきた。その歴史を知ること、背負う事、子供達に伝える事、背負わせる事は、正しい道を歩ませる為の唯一の方法だと思う

@miyukiest @sayakatake こちらのお店に、自分は時々お邪魔しておりました
またいずれそのうちに

@miyukiest 貪るように読みました。こんなにあっけなくCIAになることもあるんですね。アメリカへの忠誠なんて関係ないんですね、平和な時代なら国の第一人者になっていたくらいのエリートだと思います。番狂わせな人生でも腐ることなく前を向く。知性溢れる眼差しが印象的でした。
ラオス料理も食べてみたい!

@miyukiest 若い頃も今も男前やなぁ

@miyukiest @YAMAGUCHI_H 知りませんでした。行ってみます!

@miyukiest こんにちは。
まだ一度しか読めていませんが、仰る通り驚嘆し考えさせられる箇所ばかりでした。
生きる力の強い方というのを尊敬しますが、スティップさんのお力は並々ならぬ努力あっての事。普段の甘えを猛省するばかりです。
素晴らしい記事のご紹介、ありがとうございました。

@miyukiest ずっとビルマ料理と思って食べてました。ラオスだったのですか。

@miyukiest 心にのこるすばらしい記事でした。共有、ありがとうございます。

@miyukiest @inabatsuyoshi これまで聞いたことのない話、夢中で読みました。映画みたいですよね。スケールが違う。

@miyukiest 凄く良い、深みのある話でした。ありがとうございます😊


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